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2008年1月
「集中」がほしい
明けましておめでとうございます。
私もこの年(明けて72歳)になって、少し判ってきたことは、心に響く絵にはかならず、描いた人の気持の「集中」があるということです。技術ではけっして無いということです。そういう眼で見ると絵がよく見えてきます。
たとえばルノアールの作品をよーく見ると、ドキリとするような凄い「集中」を見せる絵と、(特に晩年のものは)技術の巧みさだけで「集中」の見られない駄作とがあることが判ります。
自分が前に描いた絵を見返すとき、破りすてたくなるのは、「集中」のない、その場をつくろった絵です。ヘタでも「集中」のある絵には愛着を感じます。
「集中」とは、いったい何でしょうか?オリンピックに出るアスリートも、大リーグの打者も皆この言葉を口にします。
とにかく納得のいく一枚をかけるか否かがこの「集中」にかかっていることだけは確かなのです。
(私は「集中」という言葉には、やや緊張を感じるので、「無心」という言葉におき代えて考えるようにしています。)
では、私たちはどうすれば「集中」(「無心」でもいい)を手にすることができるのでしょうか? この情報やら生活やらの「散漫」さ溢れる日常の中で……。
2008年は、この「集中」を、腹に据えつつ考え続け、描き続けていくつもりです。
本年もどうぞ宜しくお願いします。
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